日米安保、沖縄返還、核持ち込み。日米間の"密約"が公式に明らかになったこと、松本清張の「昭和史発掘」ではないが、平成という時代になって、やっと歴史の一コマ、外交交渉の隠れた部分が明らかになったこと。それは「新昭和史発掘」と言えるかも。

密約の存在は国民こぞって「あった」と皮膚感覚で思っていたと思う。いくら政権が否定し続けても。だからこの密約が「暴露(安部晋三言)」されたことは歴史を後世に伝えるためにもよろしかったことであり、それはやはり政権交代に因るもの。唯一政権交代が正しかったといえる出来事かと。だからと言って支持率アップにつながるかどうか(笑)。

人は秘密が好きです。日本人は「墓場まで持っていく」という事に美学さえ感じます。まして政治外交の密約に関係し、極秘と判を打たれた文書に接することはある意味「密の味」だったのかも。

外交交渉に密約は当然つきまとう。密約もどきものが無ければ交渉は進展しないし、成果も得られない。いや、外交だけではなく国内政治でも然り。民間でも然り。「はかりごとは密なるをもって要す」と言われているじゃありませんか。

「恋は秘め事」っていわれたじゃありませんか。アメリカの歌にだってある。「シークレットラブ」って曲が。

で、公開された日米の密約。しかし、すべてが明らかにされたわけではない。あるはずの「証拠」の文書がなくなっている。外務省役人による焼却処分。シュレダーにかけられ、リサイクルされてトイレットペパーとして流されてしまった文書がどれくらいの多さだったのか。歴史の証言が流されてしまった。ビロウついでに言えば、証拠が消されてことでトイレ終わっても残る残尿感の如きものあり。

消された歴史の中に真実があり、その真実は証拠が無い故に後世に伝わらない。幾多もあるでしょう。人類の歴史の中で。残されたものだけを手がかりに歴史は語り継がれ、書き残される。真実はトイレノ中。いや、煙とともに消え。

隔靴掻痒たる思いが無きにしもあらずの今回の「公開」。そこから見えて来るものも多々あり。日米安保とは何なのか。アメリカの核の傘は日本にとって有効に機能しているのか。抑止力って何なのだい。誰に何処に何に対しての抑止力なのか。安保締結時は比較的明白だった。仮想敵国と称する国や国際情勢があったから。今は冷戦時代ではなくなっており。

今回の密約問題。それはいみじくも民主党政権の真の外交の第一歩にしかすぎない。民主党政権では確固たる日米安保、同盟、抑止力をめぐる指針が明示されていない。日米同盟深化とか非核三原則堅持と概念だけ言ってもどうするのか何をするのか見えてこない。

時期的に言っても普天間移設問題の行方に密約問題はかかわって来るはずと思うのだが。松本清張在りせば、昭和史再発掘と名付けて、戦後の日本をいかなる風に読み取り、書こうとしたのだろうか。誰かが再発掘のための更なる検証をせねばならないと。

3月10日。雪が舞い。全国から雪の被害、影響も。春まだ遠きか。

友人の一平ちゃんが個展。いや、一平ちゃんなんて、申し訳なし。とんでもない。哲舟先生。書道家。もう何十年も書道家やっているのに個展は初めてだと。「増子哲舟×family展」が正式名。息子さんの哲平くんと娘の沙綾、史織ちゃん、沙綾ちゃんの旦那蒔絵師、坂根龍我氏、それに奥さんと愛犬そらの作品集めた家族展。きょうから郡山の文化センターで。会場行くとなんと上のホールでは郡山の専門学校グループの卒業式。大勢の若者がひしめき合い。袴姿の女性も多数。おお、卒業式のシーズンなんだと。卒業式と言えば最近の流行がレミオロメンの歌、3月9日だとか。高校生が涙流して歌うとか。

♪流れる季節の真ん中で ふと日の長さを感じます せわしすぎる日々の中に 私とあなたで夢を描く 3月の風に想いをのせて 桜のつぼみは春へと続きます あふれ出す光の粒が 少しずつ朝を暖めます♪

会場に入ってびっくり。なんとこの歌が書いてあった。もちろん哲舟先生では無し。息子の哲平くんの書。「詩が書きたくなって好きだったこの歌書いたんです」と。歌詞にあわせたような暖かい書体。

「蛍の光」と「仰げば尊し」しか知らない亭主の世代。レミオロメンが言えない。レモンメロンと果物と間違えそう(笑)。

3月10日に見る3月9日というタイトルの歌詞。

いつもはメルヘンタッチな細い線で墨絵と短文を書いている沙綾ちゃんの水彩とクレヨンによる画。なんとタイトルは「天使のはしご」。そう、まるで天国への階段のように青空とコントラストを醸し出す雲と雲。上手いタイトル。「画を友達に見せたらこの題名をつけてくれたんです」。うん、なんたる正直もの。思い出す小説。ドラマ化もされた白川道の「天国への階段」。それのモチーフが天使の梯子。北海道の空にあらわれるという。

家族展の呼称は「それぞれの路」。羨ましい限りの芸術一家。娘さん達の作品にあり。それぞれの路という作品が。姉は画、妹は刺繍で。

作品の全てが親子の絆で結ばれているのが伝わる。愛犬そらが食いちぎった紙を奥さんが張りつけて動物のパッチワークに。そう、家族展には犬までも参加とは。

嬉しい気分を貰えました。

きょうは"核密約"の話をするつもりだったのですが。それはまたにして。家族展にあたり親子で「書く密約」でもあったのか。こんな"密約"なら大歓迎。

鶏ならぬ風見鳩

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毎日、言葉は丁寧だし、誠心誠意答えようとしているところは大変よろしいのですが。ぶら下がりと称する総理の立ち話。鳩の目のようにくるくる廻る言辞に辟易してきました。

総理だけでない。政権全体も。何が真意なのか、本音なのか、わかっているのか、何も知らないのか。毎日供される鳩山政権の日替わりメニュー。まともに食べていたらノロウイルスに犯されそうな気分。

子供手当なるものの「思想」が二転三転。支給だけは決まっているが、なぜやるのかの理由、政策的意味合いが全く不明。

沖縄普天間基地問題。大見得切ったものの緞帳降りるどころか舞台の幕も開かず。楽屋裏での百家争鳴。沖縄県民もアメリカも納得出来る案。そればっかり言ってはいるが、県民の思いを受け止めてとばかり言ってはいるが、県民の意見は官房長官が"否定"し続け。表に出してきて見える事象だけでも、この政権おぼつかない。沖縄問題の納得出来る解決案なんてあり得ない。

なぜか思い出す。成田空港問題。三里塚闘争。今も滑走路の脇にそびえ立つ反対派の団結小屋。砦。

これまでの発言すべてチャラにしてなんでもかんでも強行突破以外にないでしょうに。元の木阿弥。何だったのかこの半年間。

出来もしないことを声高に言いつづける。香具師でもあるまいし。風見鳩は鶏にもなりえずか。実態はともかく話題には上る世論なるものの風向計。あっちむいてほい(爆)。こっち向いてほい(爆)。

鶏で思い出す。荘子の字句。「木鶏」。かの名横綱双葉山が使った。「我未だ木鶏たりえず」。木鶏とは政治哲学の要諦かもと。

闘鶏は己の強さを誇張するがゆえに鶏冠を打ち振るわせ、威勢を張り続ける。木で作った鶏は何事にも動じない。まして風にも動じない。木鶏の心は不動心とでも言えばいいのか。

やがて春風。その風にも風見鳩は揺れ続けるでしょう。沖縄問題解決出来ず。鳩山退陣。あり得る構図。退陣するのは勝手だが行き場の無い民草は振り廻され、ある意味騙されつづけてさまようのみか。

話題が多すぎて

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日曜日を週末と呼んでいいのかどうか。土日、週末は怒濤のような日々でありました。犬が具合悪くしたり、遠来の客対応などなど。

バタバタしながら垣間見るテレビ。トイレで読む新聞。なにかと話題が多く。見聞きするだけで頭が痛くなってきそうな(笑)。

きのうの朝日新聞。SF小説まがいの「20xx年日本沈没」の一文。書いてあることはごもっとも。あの内容のような講演をしてきた亭主。だけど新聞紙上であそこまで書くと現実味が有りすぎて不安感にさいなまれた御仁もさぞ多かったのかと。無策な政治に対する警鐘を鳴らしたという点ではクッション一枚くらいは・・とも思うのですが、なぜ、いま、あの企画記事なのか。解決への処方箋は誰も書けないのに。一家団欒の休日をと思っていたお父さんもめげてしまったのでは。

マスコミの世論調査。鳩山支持率、民主支持率、下降の一方。「なんでこうなっちゃうんですかね」。客人から素朴な疑問ぶつけられても咄嗟に応えること能わず(笑)。どこの調査も似たり寄ったり。"解説"も同様。政治と金、政治と金の大合唱。自民党、与謝野、舛添の"反乱"。コップの中の嵐とばかり無視するわけにも行かず。舛添人気高とか。そう、テレビの露出度高いもんね。

なにやらわからん愛子さまの"登校拒否"。真相はいかに。深層には何があるのか。昔いわれた「お坊ちゃま学校、お嬢様学校」という「名門」が瓦解してるということだけは見えてくる。学習院のセンセイは良家の子女の扱いは心得ていても、亭主のような、悪ガキの扱い知らず。子供の問題ではあるものの親の問題も多し。親たりえない親のなんと多いことか。家庭教育ゼロ。希有な話と言ってしまえばそれまでだが、親による子供の虐待死。本当に誰も手を出せないことなのか。見て見ぬふりのご近所とも思え。瓦解、崩壊。日本列島という投げやりな気分にも。

1500万年前に小惑星が地球に激突して恐竜が死滅したと。恐竜の歴史は億年前にさかのぼる。もしかして、地球に歴史が再来する予兆なのか。昨今の天変地異。

宇宙の、自然の、ちょっとした気まぐれや摂理で全てを失うはずの人類。その人類が明日を憂いて何やらもぞもぞ動いている。

ああ、頭の中がビッグバンになりそう(爆)。様々な事象考えると、いや、考えなくてはいけないのですが疲れてくる一方なのであります。

年度末恒例の

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世上、物知りがよく言った。年度末になると役所は予算使い切らないといけないからって。

国も地方も"貧乏"なのに予算使い切りって発想まだあるのかどうかわかりませんが。そう言われても仕方ない。このところも毎年恒例の「行事」。道路が掘り返されている。

事務所の周りでも水道工事含め、通行止め道路が各所に。一方通行多く迂回もままならないような道路でも。交通整理のおじさん。旗ふったり棒持ったり。なんとなく偉そうに、当然だと言わんばかりに通行制限。もうだいぶ前からなんですがさすがにイライラしてきて。工事期間長すぎる。本当に必要な道路掘りなのかどうか。

ローカルで恐縮。きのう泉崎から白河までの国道で道路改修工事2件あったとか。なんと3キロを2時間かかったとか。大渋滞だったそうな。なぜ一度に二カ所もやるのか。道路工事やる国交省。工事の際の渋滞緩和ソフトって持ってないのか。

八つ当たり。コンクリートから人へを揶揄したくなる。コンクリート掘り返して人が大迷惑って。

この大渋滞。どれだけco2が排出されたのか。国道沿いには大量の排ガス蔓延かとも。燃費も相当悪かったでしょう。ガソリン減ったでしょう。この渋滞に巻き込まれた人。普段は一円でも安いガソリンスタンドに行って居る人も有りと。

大げさかも。敢えて言う。インフラ整備に振り回され、戸惑い、イライラさせられる子羊達の群れと。工事が不可避だとしてらそれの影響を最大限すくなくする効果的方法ってないものなのか。

これまでは「年度末恒例」といってあきらめて来たのだけど。なんせコンクリートから人へなんてお話しを声高に申されているものですから。ちょっと場違い、見当違いの論法だということは十分承知の上で。

♪歌おう、今夜は夢のミュージックフェア♪。あのテーマソングが懐かしいです。ずっと昔、フジテレビで日曜夜11時から放送されていたミュージックフェアという番組。毎週のように見ていました。素晴らしい音楽番組と。いろいろ実験的なこともやっていました。たとえばポップス系ジャズ系の歌手本田美奈子に演歌を歌わせたり。塩野義製薬の一社提供番組。

で、この番組、今も続いているとか。夕方枠の放送となったけど。

残念なことに福島県ではこの番組が見られません。ネットしてないから。フジ系列の局、福島テレビ。だからもう20年以上もこの番組をみていないことになります。もっとも東京にたまに帰った時は見ていたのですが。なんでネットされないのか。福島テレビは当初はTBSの系列。フジにネットチェンジした時、この番組はうけなかった。なぜだかわかりません。福島テレビの人に聞いてもよくわからない。良質で申し分のない音楽番組なのに。視聴率のせいか。

番組も好きだったけど他にも思い出が。当時司会は星野知子さん。けっこう長い間司会をやっていた。どういうわけかテレビ朝日の夕方のニュース番組のキャスターの彼女を起用することになり。ミュージックフェア降板をお願いした記憶あり。"転身"が彼女にとっていいことだったかどうかわかりませんが。もともとはドキュメンタリーものをやりたいとの話も聞いたことありですが。

先日、テレビの告知や福島県に届く中央紙の番組告知、宣伝に2,300回記念とあり。今度の6日土曜から4週連続での記念特番とか。新聞の多分ラテ欄下の番宣広告にあったけど、福島県ではこの番組見られない。

新聞記事は県版あるけどその他は広告含め全国一律。なんたる"格差"(笑)。デバイス。見られない番組の広告だけを見さされる。くやじい。

福島テレビはその時間はローカルニュースと。日曜OAの時は番販ものか時間違いのフジ系番組。ネットをローカルに枠解放ってのはいいことなんですが。この番組だけはやって欲しい。

4夜記念番組。生演奏でメンバーもそうそうたる顔ぶれ。ね、東京の人にお願い。DVDで録画して送ってよ(爆)。

見ていないから忘れかけていたけれどこの番組がご長寿で健在だったこと喜ばしく。シオノギさんも凄い。偉い。

はい、本日は無い物ねだりの亭主でありました(爆)。

水五訓

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水五訓という言葉があります。誰の作かは定かではないようですが、永平寺にもあるとか。

一.自ら活動して他を動かしむるは水なり。

二.常に己の進路を求めて止まざるは水なり。

三.障害に逢ひて激して勢力を倍加するは水なり。

四.自ら潔くして他の汚濁を洗ひ清濁合せ入るる量あるは水なり。

五.洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり
  雪と変じ霰(あられ)と化し凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)
  たる鏡となり而かも其(その)性を失はざるは水なり。

チリを襲った地震と津波。津波のすさまじさを見るにつけ、また、集中豪雨などの水の勢いを見るにつけ、水の凄さ、恐ろしさを感じます。

人類がこの地球上の姿を現す前から海には水があった。人類が住む前から、海に注ぐ水は山の中の小さなわき水だった。木の葉をぬらしていた雨水だった。

もしかして、水には水の世界があって、勝手に暴れたり、休息したりしていたのではないか。いつの間にか人類が水の領分に近づきすぎた。水の領分を侵したのかも。

水五訓は、しばしば人生五訓にも擬されるが、やはり水は畏敬の対象かとも。

「君は舟なり 人は水なり 水能く舟を載せ また能く舟を覆す」。貞観政要の一節。

政事。人を国を治める人の教えを説いたもの。政治の要諦。猛威をふるった水に政治家は思いを馳せるべきかとも。

毎夜のようにアルコールの入った水のお世話になっています。水商売の方にもお世話になっています。ゆめゆめ水をおろそかにせにように心得おり(爆)。

知人の話。「うちのじいちゃん95歳なんですが、最近あることを始めたんですよ」。どことなく誇らしげに話し出し。「何だと思います」。「なんだろう、体操かい、いや、車買い替えたとか」。90歳になっても大好きな車の運転は辞めなかったって聞いていたから。

「違います。さすがに車は辞めました。残念だったようだけど、子供に諫められて」。「で、なんと、95歳ではじめて携帯持ったんですよ。親爺が電話してきて、じいちゃん携帯持ったから電話してやって」って。「すぐ電話したけど耳が遠くなっていてどうもよく聞こえないらしい。で、切ったんですが、すぐにメールが来たんですよ」。「さっきはごめん、よく話せなくて。元気かいみたいな内容だったんですが、びっくりして」。

凄いですね。この爺ちゃん。95歳始めてメール。好奇心旺盛なのか、負けちゃいられないって気概なのか。

「オレはそんなチャレンジあり得ないよ」と亭主。「だいたい90まで生きるって気力もつもりも無いし」。

「それじゃダメです。いくつになっても何か始めるって気概ぐらい持たないと」。また若者に諫められ。

60歳代で携帯メール放棄している人多々あり。この爺ちゃんを見習うべきかいなか。あらためて思う。年寄りあなどれない。

バンクーバー冬期オリンピックが終わり。またまたテレビがつまらなくなる(笑)。

閉会式。会場を歩き回る選手達は、皆、普通の若者の戻っているように見え。そのほほえましさに"余韻"を楽しんだ次第。皆、いい笑顔をしている。

女子スケートのパシュートという競技で控えにまわった高木選手に他のお姉さん3人がメダルをかけてやった。田畑選手は美帆ちゃんの手袋をはめて滑った。

競技の結果だけではなく、その影にあった「物語」に惹かれる。物語に涙する。田畑、穂積選手を雇っている富山県の小さい会社の話も。会長、社長が給料減らして彼女達を支援したとか。ありきたりだけど「絆」感じる。

祭りが終わり、宴が終わり。そのあとは余りにも寂しい。それを癒してくれるのは選手達にまつわる余談。エピソード。閉会式の終わりとともに、もう一つの五輪物語がつづられることを願う。

テレビはテレビが出来ることを。活字には活字でしか描けない筆力のある物語りを期待。

選手達は、それぞれに「日の丸」にこだわっていた。国歌を聞きたがっていた。それを観衆も期待した。国家の方は。余りにも貧しいスポーツ振興政策。ロクに金も出さないで期待や要求だけする政治。貧しい選手達も多いとか。他国と大違い。とてもじゃないがスポーツ先進国なんて言えない。

用もないのにぞろぞろバンクーバー入りしたJOCの役員と称する面々。

お世話になった会社の社旗でも掲げてウイニングランでもすればよかったのに。

選手達の"豊か"な笑顔を見る度に、この国の"貧しさ"を思う。帰国した選手達はテレビに引っ張り出されるでしょう。オバカなタレントに高額のギャラ払うのならオリンピック選手のギャラをはずみなさいよ。そしてー。選手だけでなく選手を支えた影の立役者にももっとスポットを当てた番組を作りなさいよ。儲かっている企業は提供すべき。

チーム競技の人達は皆一つになっている。この国はなぜか一つになっていないとも。アシアで言っても韓国や中国は国を挙げてスポーツに力を入れている。

スポーツは景気浮揚にもつながる。メダルの数がそれを決める。人々のやる気や頑張りを引き出す。生き様を写し鏡にする。文化と景気は無縁ではないと。

もちろんアマチュアではないがプロゴルファーの宮里藍の活躍はゴルフ産業繁栄に寄与しているはず。藍ちゃんモデルの用具は人気商品。政治家よ、知恵を廻せと。

エキシビション。展示という意味。公開演技ということらしいです。少なくともスポーツでは。冬期オリンピック。世界中を沸かせたフィギアスケート。その有終の美を飾るのが競技の上位入賞者によるエキシビション。冬期オリンピックの競技ではこの種目にしかないプログラム。

楽しみにして見ました。どれも美しく、感動的であり、それはスポーツと芸術が融合された美でありました。勝ち負けでの涙ではなくその美しさに見ている者は泣けてくる。芸術なのだと。

バンクーバーからの中継。地上波はテレビ東京。系列局の無い地方はBS頼り。

折からチリ地震による津波警報発令。画面の4分の一は日本列島の地図と赤の警報点滅。スケートの画面が見にくい。どこのチャンネルを回しても同じような点滅画面。テレビとしての報道姿勢としては当然ということなのでしょうが。つい思ってしまう。BSまでも「速報」かと。

録画して後からと思っても、録画したものにもこの画面は消えない。スケート見る方の「集中力」は完全に途絶える。たしかに、スケートどころではない、災害が来るのかもしれないのだから。そう思う反面、なんでもこういう情報を出し続ければ、変化のない情報。点滅地図を出し続けることが報道機関テレビとしての使命なんでしょうが、どうも、出しておけばいいというような「免責」を感じてしまう亭主は不心得ものか。地上波とBSとでは差別、区別があってもいいような。フル画面で4年に一度しか見られない「エキシビション」を心行くまで見たいというのはおかしな考えか。不心得ついでに言えば、津波で避難する必要のない内陸部の人も多々あり。無関心な人も。それが世の中というものとも。

ただ今、津波情報入りつつあり。いまだ日本列島被災は無い様子。警報が狼少年であってくれればいいと。

エキシビション。展覧会って意味もあるのでしょう。ムソルグフスキーの展覧会の画。題名は「pictures at an exhibition」。この曲に付けられた訳詞あり。

 

      地球はひとつなのですが、
      世界はひとつではないのです。
      世界をひとつにしようとして、
      あまたのいくさがありました。

      世界はひとつではないのです。
      それをみんながわかったときに、
      世界はひとつになるのです。
      たったひとつの地球のうえで。

どこか、オリンピックの精神につながる。銀盤に舞う若者たちのこころはみんな一つのように見えていました。

チリへ、ハイチへ。支援。やりましょう。世界を一つのものにするためにも。津波が列島に被害を与えないことを祈りつつ、ちゃんとフィギアのエキシビションを見たいと思う欲望も捨てがたく。